「ねじ」を「ねじ」と書くか、「ネジ」と書くか、「螺子」と書くかで、だいぶイメージが違います。「ねじ」は柔らかくて、一般的な感じ。「ネジ」は固くて文字通り留め金としての部品。「螺子」は難しい純文学小説に出てくるようなイメージ。
頭の中にあってちょっと外れたりするのも「ねじ」。物理で習う「右ねじの法則」も「ねじ」。数学で習う「ベクトルの外積」も「ねじ」。スクリュードライバーでまわして締め付ける「ネジ」以外のものは大抵「ねじ」です。
初めてドライバーを買ってもらって、いたるところをネジで締め付けて、というよりも穴を開けてネジだらけにした記憶があります。壁という壁、柱という柱に
ネジを取り付けて、親にえらく叱られました。ネジを回して取り付けるという作業がなんとなく大好きでした。今では単なるドライバーではなくて、電動式ドリ
ルの先にドライバを取り付けて、ネジを回すというのが快感になってきています。
ネジは普通、右に回すと締め付ける方向、左に回すと緩める方向に螺旋の切込みがついています。逆ネジというのがあって、通常とは逆の向きに切りかき螺旋が入っているので、左に回すと締め付ける方向になります。
扇風機の羽根を止めるネジは何故か逆ネジです。羽根が右回りに回るので、正ネジだと緩んでしまうからです。緩まないようにするためには羽根とは相対的に左
回りでネジが締まるようにしておかなければならないのです。しかし、昔からずっと疑問に思っているのですが、なぜ、羽根の回転方向を逆にして、ネジを正ネ
ジにしないのでしょうか。きっと深いわけがあるんでしょうけれども、全くわからないまま今に至っています。
ひらがなで「ねじ」といえば最初に思い出すのが頭の中の部品。「ねじが一本足りない」とか。よく言われます(笑)。いいんです、一本足りないくらいが丁度
いい。人間、一本どころか何本も、どこかのねじが緩んでたり、外れているものなのです。頭のねじが全部しっかり締められている人なんて、堅くて付き合いづ
らいにきまっています。
その外れたねじを補ってくれるのが、インターネットの情報。足りない部分を埋めてくれる情報がゴロゴロしています。いや、しているはずなのですが、実際に
はちゃんと見つけられません。そこで必要になるのが検索エンジン。そしてソーシャル・ブックマーク。これを使って、自分から抜け出たねじを補うための情報
を探し出すのです。検索エンジンは文字通りいろいろなサイトを検索して与えられた言葉に対してよりよいと思われるサイトを紹介してくれるものです。一方、
ソーシャル・ブックマークは人間の手で有用な情報をフィルタリングするようなものです。
いずれの方法も、探すべき情報が見つかればよし、見つからなければ別なキーワードを入力してやる必要があります。頭の中のねじがひとつはまっても、まだまだ緩んでいるところがたくさんあります。情報検索という方法によって、緩んだねじを締めていくのです。
ところで、インターネットには脆弱性という大きな穴が所々にあいています。この穴をふさぐ「ねじ」が情報セキュリティというわけです。情報セキュリティは
色々な要素で成り立っていますから、さしずめ、ねじは超合金Zでできていそうです。その超合金Zのねじを使って、脆弱性の穴を埋めていくのです。時には、
無理やり穴を広げてセキュリティのねじで埋め込んで行くことも必要です。これはかなりの荒療治ですが。
「どうやらあのソフトウェアに穴があるようですよ。」
「そうですか。それではひとつ、ねじを詰めなきゃいかんですね。」
「確かに。ねじ一本で済めばいいんですが。」
「じゃぁ、二、三本用意しておきましょう。」
「二、三本といわず、十本くらい用意しておいて、穴のあいていないところにもねじ込んでおきましょう。」
「それはやりすぎでは。でも、仮止めくらいはしておいてもいいかもしれませんね。」
という会話が、「ねじ」という隠語を用いて、情報セキュリティ専門家の間では日常茶飯事のように交わされるのでした。嘘です。
頭を振るとカラコロと音のする外れたねじですが、それも人の一部。いいじゃありませんか、ねじが外れているくらい。今の世の中、ぎすぎすしたり、いらいら
したり、世知辛いものです。そんなところでまっとうに暮らしていくためには、ねじの数本くらい外してしまいましょう。ねじをはずして、ついでに羽目もはず
してしまえばいいんです。楽しい世の中になること請け合いです。
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