カニ
「カニとIT」なんて事を考えて見たりしました。考えてたどり着いたのは、「カニ」ではなくて「味覚とIT」でした。その話は後ほど。
カニというと、食卓にどさりと置かれたカニを前にして、何人かが一言も発さずに黙々と身をほじくりかえして食べる姿を想像してしまいます。カニを食べる時はみんな寡黙になりますね。それだけおいしいということなのでしょう。
しかし、私の場合、カニはあんまり好きではありません。魚介類全般ですが、刺身や寿司は好きですが、調理すればするほど食べられなくなります。生、焼く、 煮るの順番で食べられなくなります。本当においしいカニ、魚介類を食べたことがないからかもしれません。カニ鍋やカニの味噌汁なんて、できれば口にしたく ないくらいです。カニ味噌は生でもダメ。口にすると生臭くて死にそうになります。
一度だけ、焼きガニというのを食べておいしいと思ったことがあります。どこの店だったか忘れてしまいましたが、カニというのはこんなにおいしいんだ、と感 動したのを覚えています。焼きガニを求めて探し回ったこともありますが、それ以来、おいしい焼きガニには出会っていません。
小学生の頃は仙台に住んでいました。その頃、父は石巻などに出張に行っては、毛ガニなどをどっさり持って帰ってきたものでした。好きな人にはたまらないでしょうが、私にとっては苦痛の毎日。はっきりいって、毛ガニはみたくもありません。
大学は新潟大学でしたから、下宿から車で一時間も走ると「寺泊」という海産市場に行けました。東京の友人が遊びに来た時のこと。寺泊に連れて行ってやりました。「オレは食わんぞ」と言ったにもかかわらずカニをどっさり買い込んで帰ってきました。
「ゆでよう!」という友人に対して私は、「ゆでてあるからそのまま食えるぞ。」と教えたのに彼は譲ろうとはしません。
「ゆでる。」
「ゆでるな。」
「いや、一応安全のためにゆでる。」
「頼むから止めてくれ。」
「オレが死んでもいいのか。絶対ゆでる。」
という会話があったかどうかははっきり覚えてはいませんが、そんな押し問答があった挙句、結局彼は大量のカニをゆで直しました。
当然、部屋中、カニの臭いが充満。洗濯物も布団もなにもかもカニの臭いでした。再度書きますが、私はカニとカニの臭いが好きではありません。考えても見てください。そんな人間の部屋がカニの臭いだらけになったら、どんなに苦痛か。
しかも、友人は食べきれずに残して帰って行きました。冷蔵庫にはゆですぎのカニがごろごろ。仕方なく大家さんと下宿の住人にお配りして後片付けしたものです。その後一週間ほど臭いには悩まされました。
さて、「カニとIT」ですが、味覚をなんとかして伝達する方法はないか、と考えていました。香りをネット経由で再現する方法は研究が進み、実験段階に入っています。それでは味覚も同じように実現できるのではないか、などと思っています。
舌には「味蕾(みらい)」という突起があり、その突起を刺激することで「味」を感じます。甘い、苦いなどの味覚は刺激される味蕾の位置で決まります。ということは、味覚は位置情報で表せるということにはならないでしょうか。
私はその道の専門家ではないので、何か勘違いをしているかもしれません。ただ、大まかなところ、そんなに間違っていないような気がします。味覚を位置情報 で伝達し、受け取った方はそれを舌への伝達機器で置き換える。そうすれば、遠隔地に味覚を伝達できる可能性が出てきます。なんだか面白そうではありません か。言うが易しでしょうけれども、是非ともこの線でどなたか研究してみませんか。それともそういう研究も進んでるのかな。
ところで、味覚を情報として伝達するのとは逆に、味覚を情報の伝達手段として使うという方法も考えられます。味で交信するというわけです。そんなSFを書 いちゃったのが梶尾真治さん。「地球はプレイン・ヨーグルト」という宇宙人とのファースト・コンタクトを描いた小説があります。カジシンテイスト満載なの で、是非ともご一読を。同名の『地球はプレイン・ヨーグルト』、あるいは『フランケンシュタインの方程式』という短編集に掲載されています。
かなり「カニ」から話がそれてしまいました。そういうわけで(どういうわけだ)、私はカニがあまり得意ではありません。でも焼きガニは好きですので私にカニをご馳走しようという方は、是非とも焼きガニを(笑)
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